真田丸が始まって
最初に驚いたのが、真田信繁の兄・信幸に『おこう』という正室が
いたとは!




しかも、真田丸では、常に病気がちで
なんだか、負のオーラが一杯で
番組の中でも、昌幸の正室の『薫』(高畑淳子)殿も
 一緒に食事を取るシーンでは
『こっちまで滅入ってくるわ!』と嘆かれる存在です。




ですが、真田家の嫡男・信幸の妻として
何かの役に立ちたいという気持ちが
痛いくらいに、こちらに伝わってきて
そんな『おこう』のけなげさに
心を打たれてしまいました。




そんな、『おこう』さんが
離縁というさらなる試練が襲います。




今回は『おこう』【長野里美】さんの
離縁後、どうなるのか
シェアできたらと思います。

それでは、いきましょう!



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【信幸の半生を支えた『おこう』】


個性的な登場人物が多い「真田丸」の中でも、
ひときわ異彩を放っているのが、
真田信之の妻の『おこう』です。




え?印象にありませんか?大泉洋さん演じる真田信之の隣で、
いつもゴホゴホとやっている、




ちょっと年上っぽい女性がいるでしょ?そう、彼女ですよ。




夫と真田家を支える覚悟をもった良妻ですが、
病弱であまり役には立っていません。




本来、嫡男の妻というのは人質にされがちですが、
彼女は病弱なため人質としての価値も認められていません。




だから家の中ではいつも遠慮がちで、控えめにしてるんですね。




モデルになっていると思われるのは、
真田幸綱(真田信繁・信之兄弟の祖父)の長男である信綱の娘です。
簡単に言えば、信之とは従兄弟同士。




歴史上は清音院と呼ばれている女性で、
信之の最初の正室です。





清音院というのは戒名。
信之の正室といえば、有名なのは小松姫(稲)【吉田羊】です。




徳川家康の重臣である本多忠勝の娘で、
家康の養女となった後、信之と政略結婚させられます。




信之は立場上、家康の養女を側室にするわけにはいきませんから、
『おこう』は離縁されることになります。




「えっ!ひどい!」「おこうが承知するわけはない!」と、
視聴者は誰もが思ったでしょうが、
当の彼女はあっさりと承知してしまいました。




真田家の役に立ちたいと願い続けてきた彼女にとって、
やっと役に立てる時が来たと、むしろ喜んでいたようにも見えます。




何て健気(けなげ)な女性でしょう!




離縁されたおこうは「真田丸」から姿を消してしまうのか、
と思った視聴者も多かったでしょう。




でも、小松姫が嫁いできてからも、彼女は真田家に留まっています。
なんと侍女として!(実際には「側室に格下げ」ということのようです)




これには驚きましたよね。現代では絶対にあり得ない話です。
しかも真田家の人々も、彼女の気持ちをくんで、
そのまま同じ城に暮らすことを許してるんですから、面白い!

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【『真田丸』における『おこう』の成長】


実のところ、『おこう』に関してはあまり史実として残っている話がありません。




他のドラマでは、信之は小松姫一筋で、
『おこう』は最初から存在しないことになっている場合もあります。




確定しているのは、
信之の嫡男である信吉を1595年に産んでいることです。



小松姫が信之の正室となった年は、1583年、1588年など、諸説あります。



でも、どの説をとっても信吉の誕生は小松姫が来た後です。




つまり、『おこう』は離縁させられたあとも
信之と夫婦関係があったということです。




良かったですね!




ドラマでも今後、ゴホゴホと咳き込みながらも、
細く長く生きながらえていってくれることは間違いないでしょう。



「真田丸」のクライマックスである大坂夏の陣は1615年ですが、
彼女はその後も生き、1619年に亡くなった【諸説あり】とされています。



『おこう』さんの今後が、ますます楽しみですね(笑)
ではでは。



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 ➡真田丸のキャストで、少し違和感を感じた『おこう』とは
真田家の女性達


 ➡真田丸のキャスト・稲(小松姫)とおこうは、どちらが正室?
重大な決断を迫られるおこう


 ➡真田丸に登場する『おこう』の知られざる生涯
侍女として仕えることになった『おこう』


真田丸のキャスト『こう』は、どんどん元気になる!?
おばば様と抱き合って別れを惜しむ『おこう』






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