真田丸で、
もちろん豊臣秀吉が出てくるのですが



まずは、その前に、
真田家が大名として
成立するまでの変遷を紹介したいと思います。




1.武田家(武将の一人)

2.織田家 1582年

3.北条氏 1582年

4.徳川氏 1582年

5.上杉氏 1585年

6.豊臣氏 1585年




わずか、3、4年のあいだに
自分の領地を守るためとは
いえ、六回も主君を変えるとは、
目が回る忙しさですね。




結局、秀吉によって真田家は、
大名として認められたわけですが





この、変遷期間中に徳川軍と対決した
第一次上田合戦があります。
もちろん、第二次もあります。




それでは、豊臣秀吉のキャストについて
シェアしていきたいと思います。

それでは、いきましょう!


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【舞台俳優から映像作品へと活躍の舞台を移し今や名バイプレーヤとしての地位を確立】

今回の真田丸では、豊臣秀吉役は
小日向文世(こひなたふみよ)さんです。





小日向さんは、北海道出身で
1954年1月生まれの62歳だそうで、




すごくお若くみえるので
意外とおとしを、めされていて驚きました。





小日向さんと言えば、
『HERO』で検事の担当事務官のイメージが
私は、強いですが、






今やドラマ・映画・舞台と
バイプレーヤとして、
欠かせない俳優さんの一人ですよね。





そんな小日向さんが、
俳優をやると決意したのが22歳の時で




役者をやると決めて、親父さんに報告したら





『やるからには、黒澤組の志村喬(しむらたかし)
さんのような俳優になりなさい』
後押しされたと本人がおっしゃってました。





小日向さんいわく、
自分で決めたことは、必ず守るそうで
ひょうひょうとしたイメージからは、
とてもそうは
見えない意志の強さを
垣間見ることができました。





自分なんかは、三日坊主で、
すぐに甘えがでてしまって
決めたことを守るなんて、





ことはできないタイプ
なので、本当に凄いの一言。






1977年、23歳で串田和美さんが主宰する
『オンシアター自由劇場』に入団。
笹野高史さんもメンバーだったみたいですね。





そして、
42歳の時に劇団が解散。
なので、
19年間舞台俳優生活をされてきたということに。





翌年の1997年から、
映像の世界へと
軸足を移されたそうですが、






当初は、あまり仕事がなく、借金生活でしたと
ケロッとした顔でおしゃってました。






そして、印象的だったのが、
仕事がないとき、






ずっと生まれたばかりの子供さんの
世話をしながら
主夫業が、
手になじんでくる中でも
焦りはなく、






『そのうちいつか仕事がくると思っていた』
ゆうポジティブ発言がとても、印象的でした。





確かに、もう俺はダメだ!
みたいな、






マイナス思考でいると
ストレスもたまるし、良くないことが
本当に起こってしまうということが
あるかも知れないですもんね。






そして、よく聞かれるのが、

『なんでいつもうれしそうなんですか?』
という質問を受けるそうなんですが







それは、自分から見ても、
いつもご機嫌がいい人をみると
なんだか、






こちらもうれしい気分になるので
少々機嫌の悪い時でも、
口角を無理やりあげて
笑い顔を作ってるとおっしゃってました(笑)







とても、難しいと思うんだけど、
そのような心もちで、
いるほうが楽だそうで






そして、
出来るだけ長生きをしたいので





そうしているんですと笑いながら、
お話しされてました。
とても、いいことを聞いたなと思いました。





人生幸福でいられるか、
どうかは、本人の心のもちよう次第で
いくらでも変わるということですかね。






確かに、小日向さんの顔を見ているだけで
なにか、いいことあるかもと思ってしまいます(笑)






あと、余談ですが
小日向さんは、
ユウチュープでよく音楽を聴いておられるそうで






特に最近は、Uruという
女性シンガーさんの動画にはまって
おられるみたいで、






特にスピッツの楓
という歌をYo1ko2(ヨーイチコージ)さんと二人でのハモリで
癒されているそうです(笑)
動画はこちら
スピッツの楓をカバーされるお二人

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【真田領の名胡桃事件が天下統一のきっかけになる】

今回の真田丸では、
重要な役どころになる、豊臣秀吉





出演ということで、
どんな演技をなさるのか
とても、楽しみなのですが、






真田家豊臣秀吉と接触をもつのは、
1585年から1586年頃で






実際、天正14年(1586)に

次男の信繁秀吉のもとへ
人質として大坂へ送っています。







天正17年(1589)7月
昌幸がかたくなに守っていた
上野(こうずけ)国の沼田領を








秀吉の裁定で、
沼田領の三分の二を北条へ
残り三分の一は真田と決定。







そして、
この裁定を不服とした当主、北条氏直の意を
くみ取って、






北条氏の沼田城代となっていた
猪俣範直(いのまたのりなお)






11月、
真田領の名胡桃(なくるみ)城代の鈴木重則
ニセの昌幸書状で、







だまし、
城を乗っ取るという事件
いわゆる、名胡桃事件が発生!!






責任を感じた、
名胡桃城代の鈴木重則は、自害してしまいます。






この報告を昌幸から、
受けた秀吉は、激怒。






明くる天正18年(1590)小田原城攻めを開始する。
そして、天下統一が完成。






つまり、真田昌幸が、
関東の北条氏を攻める口実の
お膳だてをしたということになります。







ひょっとしたら、最初から
真田昌幸と秀吉がわざと
北条側に攻めさセる為に仕組んだ
罠(わな)だったのかもしれませんね。






それを疑わせるぐらい、
昌幸という人物は、
策を仕組む謀才がありふれた人物です。






この小田原攻めで、
信繁が初めて初陣を飾ったと言われております。






このへんのいきさつは、
ドラマで
詳しく描かれるのかどうか、






わかりせんが
もし、信繁の初陣がこの小田原攻めならば、
描かないわけには、いかないと思いますが






これは、ドラマの中では、
まだ先のほうなので
もう少し、見ていけば、
わかるかもしれませんね。






ちなみに、
小田原攻めの年で、
真田信繁は、24歳なので






初陣としては、かなり遅いほうなのですが、
なにせ、信繁は、
上杉から、秀吉のもとへと






人質時代がとても長いので、
資料が乏しく
信繁本人が書いたとみられる手紙20通が、






確認が認められるらしいのですが
実像がなかなかつかみにくく、
前半生をどのように
過ごしていたのかが、
とてもわかりにくい人物なのです。








だからこそ、ドラマや戦記を作る側からしたら、
想像を働かせやすいし、
英雄として、描くには
好人物なんでしょうけどね。






あと、信繁演じる堺雅人さんと、
小日向文世さんは
過去の大河『新選組!』(2004)で共演した時に






お互いの顔がとても、似ていることに気づき
互いの写メを取られたそうです。

確かに、どことなく似ていますね(笑)





今回は長くなりましたが、明日の大河もぜひ、
ご覧になってくださいね。
ではでは。

女優のイラスト
真田信繁には、大坂の陣で決死の激戦を
するまでの14年間、九度山で生活を共に暮らした
正室婦人が?

真田丸では、正室の竹林院のキャストはないのか?

 

 

岩下尚史さん(明智光秀役)
真田丸で明智光秀役を演じた
伝統文化評論家さんとは?

真田丸のキャストで意外な人が明智光秀を演じることに!