大坂編が4月10日(日)からスタート。
ここからは、豊臣秀吉(小日向文世)
石田三成(山本耕史)
茶々(竹内結子)の3人が




物語のカギを握る人物として
活躍が期待されます。




はたして、信繁とどのような絡みで
描かれるのか、いままでにない
シーンも当然あるだろうし、




そんなバカなというようなシーンもあるかも
知れないですね。




ですが、信繁の視点から見た
豊臣政権の内部という新しい試みに
ワクワクしております。




三谷幸喜さんがどのように描くのか
楽しみにしながら、視聴していきたいと
思います。




今回はまず、カギの一人
茶々またの名を淀と言われた
女性をシェアしていきたいと思います。

それでは、いきましょう!



【浅井長政の三姉妹の長女として!?】


茶々は、永禄12年(1569)に浅井長政?と信長の妹・お市の方との間に
生まれたといわれております。




なぜ、浅井長政のあとに?を付けたかと
申しますと、




茶々の母・お市の方が、長政に嫁いだ年が
永禄10年(1567)または、永禄11年(1568)と言われ




お市の方は、天文16年(1547)生まれとなっているので
長政に嫁いだ当時の年齢が




21歳から22歳と、当時の大名家の婚姻年齢からすると
かなり遅いので、お市の方が




浅井長政に嫁ぐ前に、誰かに嫁いでいて
その時に、生まれた子供では、ないのか?


つまり、連れ子という異説があります。




ま、ここでは、ややこしくなるので
通説どうり浅井長政との間にできた、娘として
おきます。






茶々には、二人の妹・初(はつ)と江(ごう)がいます。



長女・茶々(淀殿)【竹内結子さん】
《永禄12年(1569)~慶長20年(1615)》享年47才

次女・初(常高院「じょうこういん」)
《永禄13年(1570)~寛永10年(1633)》享年64才

三女・江(崇源院「すうげんいん」)
《天正元年(1573)~寛永3年(1626)》享年54才



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この三姉妹は、たいへん仲が良かったそうで
それぞれ、戦国の荒波にもまれながらも
懸命に生きようとした、波乱万丈の人生模様です。




ちなみに、わたくしも三兄弟の一番上になります。
なので、この三姉妹も一番上の茶々が
しっかりしているようで




意外とのほほんとしていたのかも
知れないと勝手に思っているのですが




いままでの茶々のイメージといえば
どちらかと言えば、勝気な男勝りの女性のイメージが
あるのですが、真田丸の茶々は、竹内結子さんが




演じられるので、今までと違った
天真爛漫(てんしんらんまん)、つまり
天然ボケみたいな、のほほんとした
女性になるのかなと、期待しております。




それにしても、竹内結子さんのクリリとした
あのかわいい顔で、のぞき込まれると
男でしたら、すぐに舞い上がってしまいますね(笑)

鉢合わせになった茶々(竹内結子)






前回の放送をご覧になったかたなら
わかると思いますが……。

【天下人・豊臣秀吉の側室から豊臣家の命運を握る女性へ】


茶々が天下人・豊臣秀吉の側室となったのは
天正16年(1588)頃といわれております。




秀吉が52歳。

茶々が20歳の時ですね





かなり年が離れた年の差婚で
茶々は、秀吉のことを
どのように、思っていたのでしょうか?




茶々の父・浅井長政を小谷城で自害へ追い込んだのも
秀吉だし【攻めたのは叔父・織田信長ですが】




母・お市の方が再婚した柴田勝家
ともどもを滅ぼしたのも、秀吉であるから




いわば、父母の敵でもある
秀吉の側室になるという
屈辱をどのように考えていたのか
なんとも、いたたまれない気持ちに
なりますが、




しかし、戦国時代では
この手の話は、よくある話で
かつて、敵方であった領主の娘を
娶(めと)るというのは、勝利したものの
特権といいますか、征服欲を満たす
ひとつの手段だったのでしょうか。






かつて、武田信玄
同盟関係にあった諏訪頼重(すわよりしげ)
攻め滅ぼし、頼重の娘である諏訪御料人(すわごりょうにん)
を甲府の武田氏居館である躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)
に迎え側室としています。



そして

天文15年(1546)
のちの、武田家最後の当主となる勝頼
生まれています。




この諏訪御料人の輿入れに関して
武田家中からは、反対の意見が多かったそうですが
信玄の軍師と言われた山本勘助(やまもとかんすけ)
家中を説得したとする逸話が残っています。




確かに、攻め滅ぼしたとはいえ
敵方の娘を嫁に迎えても
家臣達が納得できない
とのちのち、問題になるわけで。




武田勝頼の場合、まさしく
その不安が現実になり
信玄の跡を継いだわけですが
結局、信玄亡き後の家臣団を一つにまとめる
ことができずに、滅んでいます。




もともと、信玄は勝頼を
高遠諏訪氏を継がそうと考えていた
ことが名前からもうかがえます。




武田勝頼の『頼』は、諏訪氏の通字で
もともと、武田家を継がすつもりが
なかったと思われます。




ここでワンポイントレッスンです(笑)
今日は、通字(とおりじ)についてです。



通字(とおりじ)とは、先祖代々、その家系を継承する
者に対して必ず用いられた漢字のことを指します。




例えば、甲斐武田氏の場合、

第17代当主・武田信縄(たけだのぶつな)
       ↓
第18代当主・武田信虎(たけだのぶとら)
       ↓
第19代当主・武田信玄(たけだしんげん)

にみられるように『信』が通字(とおりじ)になります。




ちなみに、真田家の通字は、『幸』になるので
そうです、次男坊の信繁(堺雅人)ではなく
長男の信幸(大泉洋)のちに信之に改名していますが
真田家を継ぐことが、決定事項だったと
思われます。






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すこし、話が飛びましたが
とにかく、敵方の娘をもらうときは
家中がもめる場合があるということですね(笑)




豊臣家の場合、正室はねね(高台院)なので
このねねさんと秀吉の間に
子供がいれば、豊臣家臣団も
一致団結できたかもしれませんね。




しかし、子供ができたのは
秀吉が実際に攻め滅ぼした
浅井長政の娘・茶々に子供ができました。




豊臣家臣団たちは、どのように茶々をみていたのでしょうか?
関ケ原の戦いのとき、豊臣家臣団があのように
割れたのは、秀頼を守るという
考えよりかは、わが身可愛さに
保身に走るものばかり。




唯一、亡き秀吉の願いを
かなえようと奮闘したのが
石田三成大谷吉継ぐらい
でしょうか?



石田三成についてはこちらの記事も
みてくださいね。

真田丸のキャストで、石田三成こそ義の心を持った男

大谷吉継についてはこちらもどうぞ
真田丸のキャストの中で1・2を争う高潔な武将こそ大谷吉継



豊臣家の場合、秀吉一代で
急成長したこともあるので
いたしかたないというのも
あるかもしれないですね。




しかし、茶々は、秀吉亡き後、
あの家康相手に秀頼を守るために
懸命だったことは、間違いないでしょう。




ただ残念なのは、茶々(淀)を支えてくれる
よき補佐役てきな大名がいなかったということですね。




個人的には、加藤清正がもう少し
長生きをしていれば、
(亡くなったのは慶長16年【1611】大坂の陣勃発3年前)
豊臣家と徳川家をうまく取り持って
くれたのでは、と

思うのですが、やはり
家康の意向(豊臣家を滅ぼす)には、逆らえなかった
かもしれませんね。




真田丸では、どのように
描かれるのか、楽しみでなりません。
ではでは。

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