2回目の放送で、
壮絶な最後を迎えた、武田勝頼(平岳大さん)

そして、
目の前に雲のように現れた勝頼の父、武田信玄





岩櫃城で勝頼の一行を待っていた真田昌幸の前にも表れ
なにか、言いたげな感じでしたが…。





武田信玄の顔には、目だけが見えている甲冑みたいなものを
つけておられたので、はて!?




誰だろうと思っていたのですが、実は大河の制作を裏方として
支えておられた、意外な方でした。

それでは、続きをどうぞ!

と、その前に、大河ドラマ真田丸第31回【8/7】にて亡くなる直前の秀吉の前に現れた子供の亡霊って誰なのでしょうか?
詳しくは下記の小見出しの【子供の亡霊は誰!?】をクリックしてくださいね。





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【株式会社若駒プロの創設者】

勝頼の最後を、見つめる武田信玄公。
じつは、みなさん、番組のオープニングのテロップで
よく『若駒プロ』という字が流れていたと思うのですが、





その『若駒プロ』を創設された、殺陣師(たてし)の
林邦史郎(はやしくにしろう)さんが、
武田信玄の亡霊役として
出演されていたのでした。




武田信玄と真田の歴史についてはこちら
真田丸キャストで気になるのが織田信長をどの俳優さんが?





林邦史郎さんは、高校卒業後、劇団ひまわりに入団。
そのとき、
講師に来ていた殺陣師の大内龍生の影響を受けて、
劇団ひまわりを退団して、大内の門下生となる。





ひと通り武術をマスターし、フリーの道へ。





そして、1963年のNHK大河ドラマ『太閤記』の殺陣師を務めることに。
その時のプロデューサーからの依頼で、
もっとリアルな派手なアクションを要求され、
若駒プロの前身である『若駒冒険グループ』を立ち上げる





凄いかただったんですね。





スタントやアクションシーンには、
欠かせないですもんね。
そのような裏方をメインは、大河ドラマだったそうですが
他の映画やテレビドラマでも活躍。





8時だよ全員集合などにも関わっておられたとか。





そして大河ドラマに関しては、
真田丸まで約50年間
制作を支えておられたかただったとは。

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【武田信玄の亡霊役が遺作に!】

そして、数々の大河を裏で支えながら、
多くの弟子を育てて、
後進の指導もされつつ




過去の大河では役者としても出演されておらたそうです。
恥ずかしながら、
私は、存じあげなかったんですが
今回の真田丸で、初めて知りました。





そんな、林さんが、去年の10月29日に
すい臓がんのために死去されていたとは。





林さんが死去する前に収録された映像らしく
まさに遺作になったそうです。





死して、大河の重要な役どころをされるなんて、
驚きを隠せませんでした。





しかし、目力を感じさせる
気迫のこもったシーンは、まさに武田信玄公
長い間、ありがとうございました。

【子供の亡霊は誰!?】



先週放送【2016/8/7(日)】の『終焉』にて、ついに一代の英雄・豊臣秀吉が息を引き取りました。



そして、亡くなる寸前に子供の亡霊が現れ、思わず秀吉が
『ギャー』という悲鳴をあげていましたが。



あの子供の亡霊は、誰なのでしょうか?



私の頭の中に、よぎったのは、あれだけ周りの家臣達に
『秀頼のことを頼む』とお願いしていたので、



将来の秀頼の姿が、亡霊として現れたのかと思いましたが、実は違っていました。なんと、あの子供は、意外な人物の嫡男坊でした。話は、秀吉がまだ、織田信長の一武将として、働いている時で
信長の命令で、浅井長政の本拠地でもある小谷城を攻めていたころまで、さかのぼります。



この小谷城の戦いは、天正元年(1573)織田信長と浅井長政・久政親子との対決なのですが、その3年前の姉川の戦いで、浅井長政は、信長・家康連合軍に敗れているので、本拠地でもある小谷城に籠城して頑張っていたのですが、唯一の援軍でもある、越前の朝倉義景が2万の援軍を率いて駆け付けようとしましたが、あっさりと信長に敗北。



これによって、孤立無援となった小谷城は、信長軍の総攻撃をうけ落城。



浅井長政・久政親子は共に自害してしまします。浅井長政は、自害する直前に
信長の妹・お市の方と娘3人を織田側に送りかえしています。



そして、浅井長政には、二人の男子がいました。嫡男で10歳になる万福丸と天正元年に生まれたばかりの1歳の万寿丸になります。


諸説ありますが、この二人の男子は、お市の方との間にできた子供ではないと言われております。嫡男の万福丸は、落城寸前に小谷城から逃れたそうですが、結局、織田軍に見つかってしまいました。そして、関ケ原にて串刺しの刑によって処刑されたそうです。



織田信長は、一度は味方になったはずの浅井長政が裏切ったことに物凄く怒っていたのか、まだ幼い嫡男である万福丸に対して、極刑で臨みました。
そして、この処刑を実行したのが、のちの天下人秀吉でした。

秀吉の前に現れた亡霊の子供の正解は、万福丸でした。



秀吉が死ぬ間際に現れたということは、秀吉の心に万福丸の処刑の罪の重さを感じていたからこそ、亡霊としてあらわれたのかなと感じています。

幸い、万福丸の弟である万寿丸は、その後仏門に入り、近江国坂田郡長沢村の副田寺の住職となったそうです。

【最後に!】


浅井長政とお市の方との間にできた浅井3姉妹についてはこちらの記事をご覧になってくださいね。
真田丸のキャストで豊臣家の鍵を握る茶々を演じる竹内結子



後継者の中川邦史郎のインタビュー記事はこちら
~殺陣武術指導 中川邦史郎さん