真田信繁の幼なじみとして、
登場する『きり』(長澤まさみ)は、







父・高梨内記
共に、信繁を終生、支えることになります。







なぜ、そのようになるのか?

それは、ドラマでは、出てこないですが
高梨内記の妻が、真田信繁の乳母を
務めたのが、大きいと思います。







乳母とは、母に代わって、子に乳をやり、
また育てるという大事な役目。








昔は、身分の高い人間は、
子育てをしっかりとした女性に
預けて、育てたほうが、








教育上良いということもあり、
ごくごく、当たり前のようにありました。







今で言えば、ベビーシッターの役になりますでしょうか?




でも、今のように育児用の
ミルクがない時代ですから、
母乳の出がよく、






しかも、その後の人間形成に影響を
与えることを考えると、乳母の役目は大事ですよね。






乳母が実際に生んだ子供とは、
「乳母子(めのとご)」「乳兄弟(ちきょうだい)」
と呼ばれ、格別な絆で結ばれる事に。







なので、真田信繁きり(長澤まさみ)は、
乳兄妹(ちきょうだい)という
堅い絆で、結ばれていたと考えることが、







出来ますし
高梨内記から、みれば、真田信繁は、
主人の息子というよりかは
我が子をみるような感じだったのでは、
と想像できます。







なので、高梨父子信繁と共に最後まで、
行動を一緒にするのは
なんら、不思議ではないですよね。







少し長くなりましたが、この記事では
『きり』さんについて
シェアしていきたいと思います。

それでは、いきましょう!


【娘のきりが生んだ?娘・阿梅とは】

実は、ネタバレの要素があるので、知りたくない方は
ここを飛ばして読んでいただければ、
と思いますが。





きりは、真田信繁の側室として娘を二人生んでおります。






ひとりは、於市(おいち)

そして、もう一人は、阿梅(おうめ?)








この阿梅さんは、正室の竹林院が生んだという説もあります。

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ドラマの後半部分に出てくるとは
思いますが、天下分け目の関ケ原の戦いのとき







真田家は、真っ二つに分かれます。
父・真田昌幸信繁は、西軍の石田三成方。







そして、東軍には、兄・真田信幸が。






結果は、みなさんご存じのとおり、東軍の徳川家康の勝利に。









本来であれば、
父・真田昌幸信繁は、
切腹か斬首(ざんしゅ)に








なってもおかしくないのですが、
そこは、
兄・真田信幸が、黙って見過ごすわけがありません。
自分の命に代えても、父・弟の助命嘆願を要求。








そこへ、持ってきて、
信幸の妻、小松姫(こまつひめ){吉田羊さん}
が父・本多忠勝に頼みこんで、
家康に説得工作を依頼。








さすがの家康も、
本多忠勝に頼まれれば、断ることが出来ずに
九度山蟄居ということに落ち着きました。









そして、この九度山行きに
同行した家臣が16名いました。








もちろん、高梨内記もその中に含まれています。
なので、当然、娘のきり(長澤まさみ)も同行したと思われます。








この九度山配流直後に
きりの娘・於市(おいち)は、早くに亡くなって
います。
もうひとりの娘・阿梅(おうめ?)さんは、
実はある戦国武将のもとへ。












話は、すこし飛びますが、大坂の陣の後半戦
いわゆる、夏の陣ですね。



冬の陣が講和で、終了する条件として
大坂城の外堀と内堀を埋め立てる
という条件があったため、






大坂夏の陣では、
大坂方は、冬のときのような籠城作戦ができません。





なので、城の外へ討ってでる野戦を仕掛けるしか
ありませんでした。







そして、慶長20年(1615)5月6日
道明寺・誉田(こんだ)の戦いというのがありました。


まずは、こちらの動画をご覧ください。
道明寺・誉田(こんだ)の戦いのCGです。
こちら
道明寺・誉田(こんだ)の戦いを再現したGG








この戦いは午前中を道明寺の戦い
そして、午後は、誉田(こんだ)の戦いといいます。







道明寺の戦いでは、
大坂方の猛将・後藤又兵衛
ひとりで、奮戦。

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後藤又兵衛に関してもう少し詳しく知りたい方は

こちら

真田丸のキャストでは、後藤又兵衛は誰が演じるのか?

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あえなく、伊達政宗の軍師と言われた
片倉小十郎景綱(かたくらこじゅうろうかげつな)
息子・片倉小十郎重長(かたくらこじゅうろうしげなが)
に討ち取られてしまいます。









本来であれば、後藤又兵衛
後発隊の真田信繁毛利勝永隊が









到着して戦うはずだったのですが、
真田信繁を中心とする後発隊は、
霧の為、到着が遅れてしまった
そうです。







実に残念。






ですが、一説には、
後藤又兵衛は、大坂方の勝ち目は
ないと見切って、







死に場所を求めてわざと先行した
という見かたもあります。







そして、午後の戦いもかなりの激戦で
いわゆる誉田(こんだ)の戦いでは、







真田信繁が、後藤又兵衛を討ち取った
片倉小十郎重長
と互角に戦い、






しかも兵力差の大きい伊達政宗隊を
逆に押し返しています。








そして、別方面で戦っていた
大坂方の敗報と退却命令が出たので
仕方なく、真田信繁は退却をします。







この退却をするとき、
徳川方は、追撃はしなかったそうです。







実は伊達政宗が追撃戦を許可しなかったそうです。
実は、『真田幸村の真実』
監修 真田徹(仙台真田家14代当主)





という
本で、真田家のご子孫である
真田 徹(とおる)氏のあくまで、







予想なのですが
このとき、
伊達政宗真田信繁の間にある密約
交わされていたのでは!?
と書かれています。

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密約とは、
真田信繁の息子や娘たちを引き取って
面倒を見る代わりに、

徳川家康の首を必ず討ちとってほしい
という約束を交わしていたというのです。







確かに、
伊達政宗は最後まで天下を狙っていたという
噂もあり、








そのような密約を結んでいたかも
知れないですが、
ありえない話ではないなと感じております。








実際に、上記に述べた
きりの娘・阿梅(おうめ?)さんは、
のちのち、片倉小十郎重長
後妻として迎えられています。








そして、信繁の次男・大八は、
ひそかに片倉小十郎重長の家来に
よって、








仙台藩に移送され、
名前を片倉守信と改名をして
その後は、伊達家の家臣として
脈々と現代まで受け継がれています。








それが、さきほどの本の監修を務めれた
真田徹氏(仙台真田家14代当主)に
つながるというわけです。








ちなみに真田信繁が戦死して、
97年後に片倉守信の息子の
片倉辰信の代の









正徳2年(1712)に真田の性にもどして
います。









真田信繁の男子の家系が残っていることも
驚きですが
それをかくまった、片倉小十郎重長
よく引き取ったなと
感心してしまいます。









やはり、日の本一といわれた
真田信繁と最後に対戦した
だけは、ありますね。









好敵手であったからこそ、大事な
息子や娘を託したのかもしれませんね。









すこし、記事タイトルを逸脱したかもしれませんが
どうしても、真田信繁の息子や娘の話になると
これは、抑えておいたほうが
良いと思い書かせていただきました。

【真田父子に最後まで仕えた忠臣】

話はまた、前に戻りますが、九度山での蟄居生活は
14年間もつづくわけですが、








慶長16年(1611)には、信繁が尊敬していただろう
父・真田昌幸がついに亡くなってしまいます。








そして、昌幸とともに、
付き従ってきた16名の家臣たちも
みな、兄・信幸の上田へとかえっていきました。







ですが、
高梨内記(たかなしないき)と青柳清庵(あおやぎせいあん)
の二人だけは、








信繁と共に、九度山にとどまり
そして、共に大坂の陣に出陣。








まさに、生きるも死ぬも、最後まで
主人とともに、
過ごした、誠の忠臣ですね。









この高梨内記中原丈雄(なかはらたけお)さんが
好演されておられます。








ぜひ、高梨内記の演技も
見逃さずに見てくださいね。









長くなりましたが、最後までお読みくださった方には
感謝・感謝です(笑)
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春日信達を調略する信繁
 

 

 

 

 

第8話目の『調略』では、武田四天王のひとり、高坂昌信(こうさかまさのぶ)

のあとを継いだ春日信達(かすがのぶたつ)が、まさかの最後を迎えるの

ですが、実は、意外な過去がありました。

詳しくはこちら

真田丸の第8回目のあらすじで、春日信達なる人物とは?

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女優のイラスト
 

 

 

 

 

信繁を巡っての争い、

梅(黒木華)きり(長澤まさみ)

決着をつけた意外な人物とは!?

詳しくはこちら

真田丸では、正室の竹林院のキャストはないのか?