いよいよ、秀吉の最晩年が
真田丸で描かれようとしていますね。



小田原征伐がいよいよ佳境を迎えるなか、
このあと、天下統一を成し遂げた秀吉の頭の中は
明国を征伐するという途方もない
計画を実行へと移していきます。



そんな経済的にもかなり負担を強いられる朝鮮出兵を
行いながら、自分の後継者問題に
悩み、そして、
甥である秀次をこの世から、抹殺する事件が発生します。



今回は、豊臣秀次【新納慎也】をシェアして
いきたいと思います。

それでは、いきましょう!



【秀次事件の3つの原因とは?】


そもそも、秀吉は、晩年になるまで
子供ができなかったので、淀殿との間に
2人の息子ができるというのも、とても不思議なのですが
はたして、本当に秀吉の実子だったのでしょうか?




実子かどうかの問題は
今となっては、わからないわけですが
もし、タイムマシンがあるならば
茶々に『秀吉の子供なの?』
と聞いてみたいですね(笑)


とにかく、晩年の秀吉は、かわいい我が息子
拾(ひろい)、のちの秀頼に政権を譲りたいがために



それまで、秀吉政権の後継者として
育ててきた、秀次を自害に追い込んでいます。


秀次の死の原因は何だったのか?





当時の日本にキリスト教を広めるために
来日していたポルトガル宣教師
ルイス・フロイス
この秀次の死という事件を分析した報告が
あります。


その原因とは、3つの原因があるそうです。



まず、1つ目
★秀吉には、三人の甥(秀次・秀勝・秀保)がいました。
いずれも、秀吉の実の姉・とも(瑞龍院日秀)の息子たちで



秀吉の兄弟についてはこちらをどうぞ
真田丸のキャスト陣に現れた秀吉の妹(旭)とはどんな人?



この三人に天下を譲るつもりだったものの、秀次以外の
秀勝(文禄元年【1592】文禄の役で戦の最中に病気で死んでいます)享年23。
秀保(文禄4年【1595】病死または、横死つまり、殺害された!?)享年17。

はいずれも、亡くなり

そして、秀次も秀吉に関白職を譲られたものの、
実権は秀吉が握っていたので、支配権をめぐって争い、結局自害となったと……。
ちなみに、秀次が亡くなったのは
文禄4年【1595】享年28。なので、三人の甥は、いずれも、秀吉が亡くなる
数年前にことごとく亡くなったことになりますね。


これって偶然なんでしょうか?
何か、意図的なものを感じずにはいられませんね(怖)



2つ目
★朝鮮出兵に出陣しなかったことが、秀吉の外征を批判していると
とられてしまったこと。



3つ目
秀頼が誕生したことで、秀吉としては秀次が邪魔な存在となったものの
すでに関白職を譲っているので、妥協案として秀頼を秀次の婿養子としました。
ここで、秀次が、秀吉の気持ちを察して、関白職を秀頼に譲ってくれるのでは
ないかと秀吉が期待したのかも、しれませんが、秀次としては
自分に相談もなく勝手に秀吉が、婿養子のことを決めたことに不満がつのり
ますます、両者の関係が、不信になったのではと。

以上3つの原因を上げています。


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【30年前の秀次像は、殺生関白(せっしょうかんぱく)!?】


NHK大河ドラマ、真田丸豊臣秀次(新納慎也)のキャストは
元、NHKのうたのおにいさんです。



NHK大河ドラマには初出演で、明るいキャラクターを演じています。




豊臣秀次は、NHK大河ドラマの『おんな太閤記』(1981年主演・佐久間良子)では、
街中で辻斬りのようなことを繰り返していた可能性がある、
つかみどころのない人物として描かれていました。




これは、勝者がつくる歴史ということで、
豊臣秀吉秀頼側の見方なのでしょうが、
今回の真田丸では、一転して、明るく天真爛漫で、
あまり賢くはないが善良というキャラクターになっています。



秀吉に実子が生まれて、
世継ぎに指名されていた自分の地位が危うくなっても、
かえって安堵するような無欲な性格です。



歴史の資料は、近年もどんどん発見されてきていますから、
そうしたものから推測した場合、秀次というのは、
ひどい悪行を趣味とする、
殺されてもやむをえない人物というわけでも
なかったのかもしれません。




野心がなくて小市民的な性格の無害なお坊ちゃまが、
秀吉の子が生まれるたびに激しい浮き沈みにさらされ、
果ては殺されたも同然の最期を迎えることになるというのは
痛々しい事態です。




屈託ない笑顔を見せて無能ぶりを見せつけているだけに、
その運命の気の毒さが倍増するような感じがします。

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【あらたな秀次像がまさに生まれようとしている】


 ただ、もしこうしたおおらかな性格ではなく、
気配りができて頭が切れる石田三成のようなキャラクターだったら、
秀吉に実子が生まれるようになってからの日々は、
薄氷を踏むようなものだったでしょうから、
それはそれでかえって救いかもしれません。




どう策を弄しようが、結局は同じ運命だったでしょうから、
今回のキャラクターのように、
のほほんとした感じのほうが救いがあるような気がします。




貪欲なキャラクターだったら、
目も当てられないような事態になっていたかもしれません。




秀吉が茶々の第一子を亡くしたときに、秀次を関白にしたのは、
それまでの経過を見ていて、




自分を脅かす心配のない安心できる人物だと見たからでしょうし、
以前のNHK大河ドラマ『おんな太閤記』の秀次像より、


今回の真田丸の秀次像の方が、より本当の秀次に近いのかもしれません。




近年のNHK大河ドラマ『天地人』(2009年主演・妻夫木聡)でも、
このいきさつは描かれていましたが、
秀吉役のキャストはいつも、
人が良さそうだけれど非情というのをよく表現している、
と感心させられます。




『天地人』では、悲劇の甥についてはあまり描かれませんでした。
本格的に描かれるのは久しぶりです・



今年の真田丸では、より秀次の実像に近いかたちでの
映像が見られるのでは、ないかなと
期待しながら、見守りたいと思います。




それでは、また
新たな資料なり情報がわかりましたら
掲載していきたいと思います。

ではでは。




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