NHKの2枚看板の一つ、
朝ドラ『あさが来た』に出演されておられた






ディーンフジオカさんが、
もう一つの看板大河ドラマに出る噂が
あるのですが、はたして、どうなるのか?







また、出るとしたら
ディーンフジオカさんのイケメンを活かした
役で、でるだろうし、
少し推理してみました。

それでは、いきましょう!


【ディーンフジオカの半生は、とてもカッコいい】

先月の22日(金)、
ディーンフジオカさん演じる五代友厚が亡くなる
放送がされると、







世の多くの女性陣から、ディーンフジオカさんの
再登場を願う嘆願がNHKに寄せられたとか!?








確かに、すごいイケメンで、
朝ドラ自身は、4月2日が最終日なので
ディーンフジオカさんんが、






もう見られないのは、かなりのショックだった
そうです。

いわゆる『五代ロス』と言われている現象ですね(笑)







ちなみにこの記事を書いている
私は男性なので、その気持ちはわかりませんが(笑)

でも確かに、イケメンですよね。








ディーンフジオカさんって、
名前から想像するにハーフの人なのかな?
なんて、一人で想像していましたが、
どうも違ったみたいですね。







朝ドラは、いろんな人が見ておられるので、

メディアも
放っておかないわけで、ディーンフジオカさんの特集番組を
かなり、放映されました。








そのうちの一つ、
『中居正広の金曜日のスマたちへ』







通称金スマ
ディーンフジオカさんの特集が、
1月29日(金)に放映されました。






ちなみに、私は、ユーチューブで見ました。
よかったらこちらをどうぞ
金スマでのディーンフジオカ特集

番組をみた感想は、たしかにカッコいい半生ですね。
まさしく、スター街道まっしぐらですね(笑)







番組によると
ディーンフジオカさんは、
1980年8月19日生まれの35歳。
4人兄妹の長男として、
福島生まれの千葉県育ちだそうです。








父親がIT関連会社勤務で中国生まれの日本人で
母親もピアノの先生で日本人ということで

生粋(きっすい)の日本人ですね(笑)







ちなみに、
日本での本名は、藤岡竜雄だそうです。







あの甘いマスクですから、
中学・高校とかなりモテたそうです。








そして、ディーンさんが
17歳の時、妹が勝手に
芸能界の登竜門・ジュノンボーイに
応募してしまうという事件が!









その結果、応募総数10563人から

最終選考6人の枠に見事に残ります。








当然、その6人には、
芸能界から声がかかるわけですが
勝手に応募されてしまったとはいえ








せっかくのチャンスなんですが
その当時のディーンさんは
『特に芸能界とか興味ないんで』
と言って丁重にお断りされたそうです。








じつは、もっとやりたいことが他にあったという
のが、真相らしいです。







そして、高校卒業後、アメリカ・シアトルに留学。

ディーンさんのコメント
『日本で会社勤めをして…というよりアメリカで
新しいIT関連の仕事をすればビル・ゲイツや
ジョブズのようなトップになれるんじゃないかな』

との考えで留学。これ、実は表向きの理由だそうで(笑)









本当の理由は、花粉症がひどくて、とにかく海外に
行きたかったというのが、理由だそうです。


これは、私も、納得できますね(笑)












じつを言いますと、ディーンさんよりも
9年前生まれの私も、
中学・高校の時、凄い鼻水が出て
おまけに、目もかゆいという現象に
悩まされて苦労しました。










その当時は、思春期でもあり恥ずかしくて、
鼻をティッシュで拭くという
行為じたいが恥ずかしく、









でも、鼻水は止まらないし
瞬間芸のようにサッと鼻をかんでは、
ティッシュを机の下の空間に
放りこんでいました。








なので、机の中は、
私が鼻をかんだティッシュで一杯の状態。
『うわ!汚ね』と
他人からみたら、そんな感じです(笑)









なので、机の中は、ごみ箱状態です。








今から思えばたいへんな花粉症だったんだと
笑い話にできますが、
当時の私は、かなり悩みました((+_+))

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私の事はさておき

ディーンさんのアメリカ生活を支えた
ホストファミリーの父から
呼ばれた愛称が『ディーン』









ディーンさんがは、
そのままアメリカでの定住生活を目指して
大学生活を送られていたわけですが、









その時、人生を左右するあの事件が発生します。

2001年9月11日 ディーンさん21歳。
【同時多発テロ】です。















世界貿易センタービルに飛行機が突っ込む映像が
テレビで放映されていたのを食い入るように
見ていたのを、今でも思いだします。







この事件以降、
アメリカは外国人へのビザが発行しづらく
なり、







ディーンさんのアメリカ生活は、ピリオドを打つことに
なります。









ディーンさんは、高校生時代から
たいへん音楽に興味があり
このアメリカ時代に
ラップをかなり鍛えたそうです。








また、このアメリカ時代に
ボクシングも始めておられます。
本当に多趣味でもあり、
多才でもあられるのですね。









そして、
2003年(23歳)、
大学卒業後、
目標もなくアジアへと旅たちました。








バックパッカーというそうです。
いわゆる、低予算での個人の旅行者をさすそうです。










ルートは
北京→ベトナム→カンボジア→タイ→香港
(陸路はサイドカーのバイクで)

北京からタイまでは、陸路を
タイから香港では、飛行機。











そして、たどり着いた香港で
ある日、
香港の中心街のワンチャイで
夜のクラブイベントに参加。











即興でアメリカで鍛えたラップを披露。










その2~3週間後ファッション誌の編集長から
モデルのスカウトが来たそうです。
(編集長が見ていたのかな?)

そして、4ヶ月が経過した頃には、
モデルとして
一躍有名に!








やはり、あのイケメンマスクで
ラップをやったことで、
すぐに見る人が見れば
これは、と気づくのでしょうか?








このときに命名したのが
今の名前、
『DEEN FUJIOKA』








当時のディーンさんは、いわく
『貧乏バックパッカーだったので、正直お金が目的でしたと』
つまり、生き抜くには、やはりなんでもやらないと
いう心境だったと振り返っておられます。








そして、
2005年香港映画『八月の物語』で主演に抜擢。

この映画では、広東語を短期間でマスター。
(ほんと凄いのひとこと)










そして、この映画を見た
「台湾アイドルドラマの母」と呼ばれる
大物プロデューサー:アンジー・チャイ
プロデューサーに
声をかけられる。










そして、26歳から28歳まで台湾での俳優生活で
絶大な人気を誇ります。










ですが、本人は、あまりに人気が出てしまい
街に一切出られないような状態、
いわゆるプライベートがない状態に
耐えられなくなり、










2008年(28歳)の時、
すべての仕事を辞めて
その当時付き合っていた恋人の住む、
インドネシアのジャカルタへと。










そして、そこで始めたのが、
もともと興味があった
音楽制作に取り組みだします。









アメリカで始めたラップがここでも、生かされていますね。

俳優生活を離れて2年。










その間、俳優復帰を望むファンレターが毎日のように
送られてきたそうです。










その手紙を読むことによって、心境が
『求めてくれる人がいるのにそれを放棄するのはダメだ』というふうに
変化し、








ついに

2010年(30歳)
日本統治時代の台湾を描く映画に出演『セデック・バレ』










この映画には、日本人スタッフもおり
日本事務所から、
たびたびスカウトを受けたが断り続けたそうです。









ご本人は、
『中華圏からハリウッドは見据えていたが
何故か日本は目に入って来なかった』
そうです。
やはり、アジアから見れば、
日本ではなくアメリカが最終目標なんですね。










しかし、
「台湾に住みながらでも構わない」
といってくれた今の事務所に
入ったことが、
きっかけでついに、日本での活動開始となります。









20代は完全にアジアを中心とした生活を
送られてきたディーンフジオカさん。
それにしても、ここまで、
見てきただけでも本当にスター街道まっしぐら。










ですが、スターの要素である
イケメンだけではなくその高い学習能力や
柔軟な発想、











すべてにおいて、
欠点らしい欠点がないのが、本当に
素晴らしいですね。









これは、まさに選ばれるべくして
生まれたスターでも
あるわけですが、








本人の持つ純粋無垢な心が、
そのように良い方向に
選択させているのかも、
しれませんね。

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ディーンフジオカさんは、
台湾での俳優生活の時代に出会った女性と
4年間の交際を経て、2012年に結婚。

その当時、
日本と台湾の行き来をする生活で、








日本へ行くために
当時の暮らしていた住まいの玄関先で、

今の奥さんに、
『結婚しよう!』という
プロポーズをしたそうです。







当時を振り返って、
『ふいに口をついて出た言葉だった。
彼女といれば世界中どこにいても
自分のハートが帰れるホームになると思い
結婚しました』










素直な感想ですが、
とても自然な状態を感じますね。










やはり、自分の心に正直に生きることが
難しい時代だからこそ、









このように
すらっと言えるところが、
カッコ良さを生むのかなと
ひとりで感心してしまいました。









今は、奥さんとの間に、
双子の子供さんがおられるそうで
はやく会いたいとおっしゃってました。









とても、微笑ましくていいですね。

【出演する噂がありますが、もし出演ともなるとなんの役ででるのか?】

そして、真田丸に出る噂の真相は、
今のところどうなんでしょうか?









NHK側としては、朝ドラであれだけ、
女性のハートをわしづかみをしている









ディーンフジオカさんを、
真田丸で起用したいのは、山々ですが
ディーンさんのスケジュールもあるので、









もし、決まるとしても、
もうある程度、真田丸の撮影も
進んでいることもあるだろうし










もし、出演をするにしても、
真田丸の後半のどこか
ということに、なるのでしょか?










しかし、ディーンさんの
イケメンを活かした
役どころが、あるのかどうか?










あくまで、私個人の予想ですが
大坂冬・夏の陣にて
大坂方にあって徳川家康を脅かした
5人の武将がいるのですが

1.後藤又兵衛(56才)

2.真田信繁(46才)

3.毛利勝永(39才)

4.長宗我部盛親(41才)

5.明石全登(47才)








この5人の中で、真田信繁以上に
戦闘シーンで活躍したのは
一番若かった、毛利勝永(39才)









この人物なんかが、
ディーンフジオカさんに演じてもらえれば、
もちろん、視聴率も最後まで、
伸びると思うし
最適だと思うのですが、いかがでしょうか?



ま、あくまで予想なので悪しからず。
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松を演じる木村佳乃さんの乗馬シーン
 

 

 

 

真田兄弟の姉・松は、今後どうなるのでしょうか?
なんと!あまりの展開に、を演じる木村佳乃さんが椅子から
転げ落ちたそうです(笑)
記事はこちら
真田丸の松は、その後数奇な運命をたどることに!?

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松岡茉優
 

 

 

 

真田信繁がもっとも愛した女性とは?
実は、義父大谷吉継の娘・竹林院です。
この大谷吉継の生きざまが、信繁に多大な影響を与えたと
感じています。
記事はこちら
真田丸では、正室の竹林院のキャストはないのか?